なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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映画評:ブラインドネス
2010-02-25 Thu 07:22
何かのレビューサイトで「ブラインドネス(Blindness)」という映画を知り、「原因不明の感染症によって次々に失明する人々。隔離施設の想像を絶する劣悪な環境の中で、やがて見出される人間の本質と真実の愛を描いた傑作」というレビューにひかれて借りてみた。

ああ…、脱力。なんかもう、言葉が出ないような作品だった。映画に感動を求めているのならばまったく不向きな作品で、そして私は映画に感動を求めるタイプだったのだ。まず、合理的な説明は一切ない。何が病気の原因なのか、どうして主人公だけその病気にかからないのか、施設を脱出して目の当たりにする外の世界の荒廃っぷりに至る過程など、何の説明もない。次に、メインに描かれる隔離施設の中の惨状が陰惨すぎる。廃屋のような施設、増え続ける収容者、行き渡らない食料、ところかまわず放置される汚物、外に出た患者を射殺する見張りの兵士。これだけでも見ていてしんどいのに、さらにむごい状況になっていく。拳銃を振りかざして「王」を自称する男は仲間と食料を独占し、他の者に金品を要求し、金品が尽きると女を要求する。三日の絶食の果てに女性たちがその要求に応じた集団暴行シーンの容赦ない描写は見るに堪えないし、暴行と同時に振るわれた暴力によって殺された女性の遺体を残りの女性たちが黙りこくって運ぶシーンに至ってはもう気分は陰鬱そのものだ。

やがて色々あって(もう書く気力もない)、施設を脱出して外に出たら世界は廃墟と化していて、野犬が大通りに放置された死体に群がって喰らうような情景があった。最後は人間らしい生活への喜びや仲間同士の絆を感じ、さらには最初に失明した男が視力を取り戻し、希望をほのめかせて映画は終わる。それにしても中盤がしんどかった。「なんでこんな映画を見ているんだろう」と久し振りに思った。



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共通化設計
2010-02-24 Wed 07:25
大量生産される工業製品では、共通化設計が重要である。車でも液晶テレビでも色々なシリーズや機種があるが、それらの間でより多くの共通化を実現することは、開発と生産にかかる時間的・金銭的・人員的なコストを下げることに直結する。原価コストが低ければ低いほど販売利益が増えるのだから、“共通化設計の推進”が大々的な目標として各分野のメーカーで掲げられているのは想像に難くない。

もちろん、共通化設計のデメリットもある。この度のトヨタの全世界で延べ1000万台に及ぶ大規模なリコールは、部品の共通化によって、その部品が不具合を起こした時にそれを使っている多機種の製品が修理対象になってしまうことを示している。外観に関係する部材だったらまだ機種ごとに使い分けられているが、アクセルペダルといったデザインがあまり関係ない部材だと共通化が容易いので、対象=すべてということになってしまう。

それよりもこっちが本題なのだが、人間だって共通化設計されている。同じ仕組みの3D眼鏡をかけると同じように画面が立体的に見えるということは、目の構造、視覚情報の伝達、脳内での処理、そういったものが皆まったく同じようにできているということだ。DNAという優れた設計図を持つ生物は、DNAとRNAの精巧で正確な複製システムにより、大変な精度で個体間の共通化設計を成功させている。幸いなのは、今のところ神さまによる大規模なリコールが起きていないことだ。



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今年の占い
2010-02-22 Mon 04:05
同期の友人から借りたファッション雑誌の占いコーナー。生年月日から“宿命数”を割り出し、それで“命主”という自分のタイプを選び、「本当の性格」と「恋愛傾向」を解説してくれる。命主には以下の10タイプある。

誠実な預言者/優雅な貴婦人/華麗なる舞姫
情熱的な詩人/才覚ある王妃/心優しき聖母
麗しい女剣士/愛らしき姫君/果敢なる旅人/寛大なる賢人

自分でやってみると、タイプは『情熱的な詩人~身を焦がすような愛に生き、愛に死ぬ生粋のロマンチスト~』とのこと。「安定した人生よりも、波乱万丈を好む生来のロマンチスト。知性と感性にあふれた芸術家肌で、自分のセンスを生かして物事を作り出すことに喜びを感じます。感情表現は豊かですが、物事に敏感すぎる面と熱しやすく冷めやすい点は弱点と言えるでしょう」だって。あ、けっこう当たってる気がする!YES,アイム芸術肌!あと最近、自分でも熱しやすく冷めやすい(あきっぽい)性格なのがよくわかってきた!

と、普段はあんまり信じない占いを真剣に読んだあとで、
…あ、タイプの割り出し方まちがってた…。

もう一度やり直してみると、『果敢なる旅人~身も心も自由でなければ生きられない究極の旅人体質~』だった。「どんな時も型にはまらない自由な魂を持ち、ユニークな発想と創造性で人生を大胆に渡っていこうとします。仕事でも恋愛でも、常に夢を追いかけるロマンチストといえるでしょう。物欲や執着心がほとんどなく、あまり組織に属するのは向きません」。

…結局ロマンチストで、あきっぽくて組織には向かないらしい。
まぁ、当たらずとも遠からずと言っておきましょう。



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王都妖奇譚
2010-02-20 Sat 10:25
カニくさい部屋からこんばんは。なんでカニくさいかって、それは夕飯にカニでだしを取って野菜を(例によって一人前ではありえない量)入れて煮込んだのに味噌を加えた「カニだし味噌野菜鍋」を作ったからである。カニはおいしかったが、おかげで部屋がすごくカニくさくなった。特にお風呂から上がって部屋に入った時の濃度と言ったら……ちょーカニィ。


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さて、ちまちま読んでいた岩崎陽子さんの『王都妖奇譚』(おうとあやかしきたん)の秋田文庫版全7巻を読み終えた。あの美麗な絵柄を見て結構前の作品かと思っていたが、連載時期は1990年~2002年とのこと。いわゆる陰陽師ブームも大分落ち着いてきたが、私が最初に陰陽師・安倍晴明に触れたのは、中学の頃からエキセントリックなSF短編小説で好きだった椎名誠氏と仲の良い夢枕獏氏が原作でそれを岡野玲子さんの作画で漫画化した『陰陽師』シリーズから(←説明長っ)。あと、京極堂シリーズの中禅寺明彦も本職は晴明神社の神主で、憑き物落としをする時のこの上もなく怪しげな正装では晴明桔梗(五芒星)を染めた着物を着てたっけ。

岡野版での晴明の相棒は、とにかくロマンチストの源博雅中将(得意なものは雅楽)だったが、『王都』ではイノシシと呼ばれる藤原将之少将(得意なものは武芸)である。岡野版では純粋でお人よしで情にもろい博雅に対して、物事を見通していて世間に対してやや斜に構えたシュールな晴明が色々と説いたりするのだが、『王都』では情にもろいのはむしろ晴明の方で、うだうだと情に流されて悩む晴明に対して将之がさくさく割り切って前に進むようにハッパをかけるのだ。

『陰陽師』9巻収録の「内裏炎上ス」のラストで、愛宕山の真っ赤な紅葉を見て内裏の大火事を思い出し、やけどを負って包帯を巻いた手で顔を覆いながら「自分には、何も…できなかった」と博雅が泣く。その隣にいた晴明は、博雅の方を向かないまま、「燃えるというのはな、よいことなのだよ、博雅。壊れるというのは、よいことなのだ。炎をくぐって、新しく生まれ変わるのさ」と呟くように言葉をかける。私が岡野版『陰陽師』で一番好きなシーンだが、これが『王都』だったらくよくよしていたのは晴明で、励ましの言葉をかけたのは将之の方に違いない。同じ題材でも作者によってキャラクターの役割がこれだけ違うのも面白いが、どっちもかっこいい安倍晴明を描いた名作である。



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曲げられない女
2010-02-18 Thu 08:00
早紀(主人公)
「あたしだって本当はしんどいわよ!!楽してチーズだって、ワインだって飲みたいわよ!
でもっ!不安や寂しさに負けないのが生きるっていうことなんじゃないの!?
……そう母に言われました。(中略)
だから私は、山を下りるわけにはいかないんです。ヘリコプターには乗れないんです」

藍田「…今、一瞬シャッター開いたよね」
璃子「すぐ、閉まったけどね」
藍田「あいつ、本当はアツい奴だったりして」
璃子「まさかぁ」

ドドンッ!(←太鼓の音)


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私はテレビドラマをほとんど見ない。テレビはもっぱらNHKと世界遺産とアニメ専門である。それなのに最近、たまたま見た『曲げられない女』というドラマが面白くて、久々にドラマを続けて見たいと思った。そんなことを思ったのは、サバカレーと玉置浩二の歌う主題歌「田園」で有名な『コーチ』(1996年7月-9月、フジテレビ系)以来である。

あらすじは……面倒なので説明しない。そんな選択はドラマの中でしかできないよ、実際はもっと現実的で打算的な判断をせまられるもんだよ、と思いつつ、逆にだからこそ人はドラマ(フィクション)を見るのだろう。



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酒席の笑い話
2010-02-09 Tue 07:20
少し前に部署の歓迎会があり、近くの焼肉屋さんで会社の人たちと飲み会をした。宴もたけなわで、歓迎される数人が立って挨拶をしたのだが、大柄であっけらかんとした性格の30代の主事の男性が終始笑いながらこんな話をした。

「えーと、先日ヨメがお産で入院してですねー、その間にすごい解放された気分になってー、ヨメが結婚前に働いてためたお金をパチンコに使っちゃいました~。え?いくら?えへへへ、200万円です。まぁ、退院したヨメが貯金通帳を見たら一発でバレてですねー、めっちゃ怒られました。そんで今、挽回に必死っす。ハハハハ」


…ありえないでしょ、それ。

奥さんが出産で入院している時に?奥さんが働いてためたお金を200万円もパチンコに使い込んだ?それをこんな酒の場で笑い話として話す?…そんなことが許されるのだろうか。

でも、許されていたのである。周りのオッサンたちも、「すげーなお前!」「そりゃもう負けられねーなぁ!」と笑っての拍手喝采だった。この時ほど、目の前のことを信じられない気持ちと共に、ここが男性社会(というかオッサン社会)だと思ったことはなかった。



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Kangaroo Cry
2010-02-06 Sat 03:50

「冬だつた、真夜中のように暗く冷たい夕暮で、体が凍えきるまで歩いても何ひとつ心を快活にする事物に出会わなかつた。しかし、その夕暮が私の二十五歳の誕生日だつたのだ。街路樹も屋並も人々もすべて醜かつた。とくに空がひどかつた、それは汚物のような灰黒色をして斑だつた。私は自分がこの穢らしい空のもとで二十五歳の誕生日をむかえようとしているのを、一つの屈辱的な刑を執行されているもののように感じた。なんの罪のために、前世の罪か? と私は考えた。それは、いま二十五歳の青年として生きていること、それ自体の罪だ、おれには責任がない。しかし誰ひとり責任のあるやつはいないのだ、責任なしで、頭にひつかぶるだけだ。何を? この穢い空を、真冬を、暗く冷たい夕暮を。いま、二十五歳の青年として生きていること、とおれがいう。」

大江健三郎 『孤独な青年の休暇』


一人で過ごす土曜日の午後。
Blue Octoberの“Kangaroo Cry”を聴きながら、
横なぐりに雪が飛んでいく窓の外を見ながら。



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