なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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睡蓮
2011-06-23 Thu 23:26
「一枚上手」の続き、というか後篇。

あれから結局、頭を下げたのだった。「あなたが正しかったです。わかっていないのは私でした。申し訳ございません」と。…本心からそう思ったわけでは決してない。しかし、その先輩の機嫌を取った方が全体の利益になる(=やるべきことが進む)というアドバイスを実行した結果だ。また、実際にどうなるのか試してみたかった。そしたら効果は期待以上で、「そう言ってくれると思ったわ。また一緒に頑張りましょう。何でも相談してね」との返事。例のにやりと笑った別の先輩も、「○○さんご満悦だったよ」とわざわざ言ってくるほど。

私が「申し訳ございません」と言いながら「今回下げた頭がタダだと思うなよ!」と心の中で闘志を燃やしていることなど、当の本人はまったく気付いていないだろう。行動に際して予想した通りの結果を得たという意味では「思い通りに動かした」と言えるかもしれないが、それは「最高の喜び」どころかひどい気分だった。本心のこもっていない言葉を述べた自分に対しても、それにおかしいほど満足している相手に対してもだ。ああ、アホらしい!

皮フ科に定期的に通っている治療の甲斐あって、鼻のニキビがずいぶん良くなっていたのだが、昨日から久し振りに赤く腫れだした。特に多量の飲酒も夜更かしもしていないので、タイミング的にこの件によるストレスが疑われるが、自分で自分の情緒を完全に把握できているつもりでも、こうして身体に出るものなのかもしれない。勉強になるものだ。



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山で見つけた弁財天様の睡蓮





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一枚上手
2011-06-22 Wed 00:36
やたらに先輩づらをしたい(=尊敬されたい、頼られたい、教えを請われたい)人というのはいて、そういう人は大抵自分に対する自信が強いので、それによって普通以上の情熱や行動力を持っていて優秀なことも多い。私がそういう人と先輩後輩の立場(私が後輩)で出会ってしまうと、やたら期待をされたり指導をされたりし、もし私が自分の意見を譲らなかったりすると、失望したと言っては怒り出す。いつも思うが、理不尽だ。仕事なんだから、そんな勝手な期待も失望もいらないのである。ただ、適切な距離を保ってお互いにやるべきことをやればいい。

最近もそういったことがあり、その先輩からは「あなたには期待している」「あなたならできる。私は信じてる」などといった熱のこもった言葉をもらうのだが、私が必要十分だと判断して出した結論に対しても「ここからどうにかするのがあなたの力よ」などと言い出すので、衝突の予感はしていた。これでは、こちらの話を聞いてもくれずにただ無意味な精神論を振りかざしているように思え、自然と反感を抱いたからだ。そのまま議論が平行線をたどり、ついに衝突が起きた。話がかみ合わないまま、「○○さんはわかっていません」「いや、私はわかっている」「わかっていません!」となってしまった。

時間を置いて別の先輩にそのことを話すと、「あの人はそういう先輩づらが好きな、後輩に頼られたいタイプだから、とにかくアドバイスを請うてその通りにやってあげれば満足する」とアドバイスされたが、そんなことはわかっていて、問題は、私が自分の出した合理的な結論よりも、その先輩の掲げる精神論的ゴールに向かわないといけないことを承服できないことだ。なんでそんな事をしないといけないのかわからないので、「理由もなく被支配者になることを潔しとしません」と言うと、相談した先輩はにやりと笑ってこう言った。

「最高の喜びはね、自分の思い通りにそういう“支配者”づらしている人を動かせたときですよ」 

…格の違いとはこういうことを言うのだなと思った。





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大道芸人
2011-06-18 Sat 01:56
先日、伊勢神宮へ行った時、門前町であるおかげ横丁では「夏待ち祭り」をやっていて賑わっていた。面白かったのは大道芸人で、あまり見たことなかったので新鮮だった。

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この人は「がまの油売り」という大道芸をやっているところで、切れ味のいい刀で腕をざくり!血がどばっ!でもこのがまの油をつければ切り傷がすぐに治った!なんて不思議な妙薬だ!という内容。最初は自分の腕を切ろう切ろうとして、やっぱやめたと言ってお客さん(右の女性)を連れ出し、さんざん脅かしてから切ったふりをして薬をつけて治ったことにし、そのわざとらしさと腰の低いトークで笑いを取っていた。すごく面白かったです。

彼は大道芸だけで生活していると言う。テレビに出ているお笑い芸人たちの騒がしい芸(というかあれはむやみに騒いでいるだけ)より格段に本格的な芸で、またどこかで出会えたらいいなと思った。





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「白い人」
2011-06-15 Wed 00:53
遠藤周作の『白い人』という短編がある。新潮社のあらすじを引用すると「第2次世界大戦中のドイツ占領下のリヨンで、友人の神学生をナチの拷問にゆだねるサディスティックな青年に託して、西洋思想の原罪的宿命、善と悪の対立を追求した」作品で、芥川賞を受賞した。中学校と高校の友人で、休み時間は席で静かに遠藤周作の『海と毒薬』を読むような多感な文学少女がいて、彼女との交友は私の人格形成の半分を成しているのだが、その友人にすすめられて当時この『白い人』を読んだ。

そんなことを思い出したのは、朝の連続テレビ小説「おひさま」を見ていた時だ。話はちょうど戦時中で、主人公の若い女性教師は戦時下の国民小学校で教えていて、軍事教練や勤労奉仕でろくに授業もできず、子供たちに教えるべきことを教えられないまま卒業させなければならないことを悔しく思っている。そこへ彼女の気持ちをわかってやりつつ、時代に対してどうしようもできない校長先生が、「私だって40年間教師をやってきた教育者です。子供たちには生きる喜びを教えたい。でも、今はそれをしてはいけない時代なのです。どうかわかって下さい」と言い聞かせる。

遠藤周作の『白い人』ではこう書いている。(原本が手元にないので記憶頼り)

「この精神病院にいる患者たちをごらんよ。彼らは誰よりも立派だよ。なぜなら、彼らは完全に自分で責任を取りながら、自分の作り上げた世界に生きているからだ。その点、世間で我が物顔で生きている正常な人間たちとやらはどうだい。何もかもを時代や国家や政治のせいにして、平気で残虐なことをやってはその責任を取ろうともしないんだから。」

社会で生きるには不適格とされて、“正常な人間”によって精神病棟に閉じ込められた精神病者たちこそ、「時代のせいだからしょうがない」などという無責任な言い訳をしないで立派に生きている、というわけだ。史実では、20万人に及ぶ精神病者や障害者がユダヤ人と並行してナチスによって命を奪われている。その皮肉を思うにつけ、忘れられない一節となった。





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チオ○タ
2011-06-14 Tue 00:55
先週末に行った山で発見したもの。
ぬれた青竹がきれいだと写真を撮ったら・・・

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愛情一本 チオ○タ

落書きはいけません!!
しかもなんで伏字。

「これなに~?」と外国人メンバーに聞かれ、
あの超爽やかな「チオ!ビタ!」のCMについて説明。
「ファイトー!いっぱーつ!」じゃなくてよかった。笑





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まっ赤な太陽
2011-06-13 Mon 01:32
東京へ異動して行った同期の友人が置いて行った本で、最近やっと読みだしたのが美輪明宏の『人生ノート』というエッセイ集。前に巨匠・トルストイの『人生論』を手に取ったが、内容以前にあまりに字が細かくて挫折してしまったことがある。(注釈のフォントなんて虫めがね要。)幸い美輪さんの本は読みやすい紙面と文体で、“ヨイトマケの唄”を知って以来とても気になっている美輪さんの人生哲学に触れることができる。

その中に「まっ赤な太陽」という美輪さんオススメの瞑想法があって、正直これを文字で読んでも「何それ?どゆこと?」という感じなのだが、何とも神秘的で印象深かったので書いてみたい。


①枕は外して寝て、両足を肩幅よりちょっと広げるぐらいに開き、両腕はボールひとつ分ぐらい脇から離し、背骨から頭の先までまっすぐにする。

②鼻からゆっくり息を吸って、口を少し開けて少しずつ息を吐く。目をつむっていながら眼球はまっすぐ前に持ってくる。

③灼熱のまっ赤な太陽を思い描く。ドロドロに溶けたまっ赤な太陽を、足の裏のかかとの方から意識で吸い上げる。

④足の裏から膝、お尻、腰、背中、首の後ろ、頭のてっぺんまで吸い上げていく。頭のてっぺんに来た時にしばらくストップさせる。

⑤そこで太陽のエネルギーを充満させて、息を薄く吐いていく。その時に太陽のエネルギーを、今度は身体の正面;顔、胸、おなか、局部、膝へとおろして、最後につま先から出していき、完全に吐ききる。


これをやると地球の波動を自分の体の中に取り入れ、意識が宇宙と溶け合って一体となり、心身の問題はいっぺんに治ってしまうという。このわかるようなわからないような、でも一度聞いたら「ドロドロに溶けたまっ赤な太陽」の強烈なイメージが頭から離れない存在感。まるで古代ギリシャのパルテノン神殿で、大理石のアテネ像の足元にかしずきながら、威厳あふれる神官(もちろん顔と声は美輪さん)から神託を受けるかのような情景。やっぱり美輪さんは別格です。





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奈良駅物語
2011-06-09 Thu 23:23
最近、通常の仕事以外にある全社的な活動に参加していて、全国3万人の社員から(選ばれし物好きな)若手45名が集まって、“来年創立100周年を迎えるにあたって、次の100周年に向けたスゴイ事を考えよう!”というテンションの高いプロジェクトである。おかげで月に一度は東京や大阪に出張して気分転換にもなっているが、アツいメンバーたちに支えられて活動は結構忙しい。

本題はそのうちの一人の話なのだが、別の事業本部ながら私と同じこのド田舎事業所から参加したTくんという人がいた。彼とはこの活動で初めて会った。とにかく同じ勤務地から行くということで、一緒に長い電車に乗る仲間ができたじゃん!と勝手に喜んでいたのだが、彼が人見知りなのか何なのか、移動が一緒にならないように避けていることに気付いて、そっとしておくことにした。

そして先日、奈良県生駒市への出張があった。その日、Tくんと同じ電車に乗っていることに気付いたのだが(1時間に1本なんだからそりゃかぶる…)、彼がずっと寝ていたので別に声はかけず、降りてからも別々に行動していた。生駒駅へ行くには奈良駅で乗り換えねばならず、JR奈良駅から近鉄奈良駅まで歩くのだけど、同じ奈良駅なんだからせいぜい隣だろうと思っていたら、なんとバス2駅分もの距離があった。(ありえん!)

それを知った私は、乗り換え時間のなさに焦った。近鉄に乗り慣れない私には、調べてあった電車の次はいつなのか、どれ行きなら生駒に止まるのかなどが分からず、それを調べるにも余分な時間を食うからだ。仕方がないので、スーパーから出てきたおばちゃんに道を聞きながら、とにかく早朝の商店街を必死に歩く。その時に思ったのが、「ああ、Tくんと友達になれていれば、関西出身の彼に案内してもらって焦らずに行けたのになぁ」という心細さからのグチであった。そんな、人付き合いとはうまくいくこともあれば、そうじゃない時もあるという話。





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金沢旅行
2011-06-01 Wed 00:02
土日は金沢旅行に行き、まずは白山スーパー林道の岐阜側をハイクした後に金沢で泊まって、初めての金沢を見て回った。「小京都」と呼ばれるだけあって、川にしだれ柳の料亭街の風情がすばらしい。

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雲が山肌を這っていく。麓にあるのが白川郷。

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制限速度20キロの白山スーパー林道をひたすら歩く。

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意外にユーモアに富んだ看板。誰がほふく前進すんねん!

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宿泊した古民家ゲストハウス「あかつき屋」。
雨の庭を見ながら頬杖をつけば文豪気分になれる。
宿にいるだけでもいいぐらいの風情ある場所。

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なんだかおいしそうな色合いをしている寺町の石垣。

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藩祖・前田利家公。この兜はかっこいいのか?で小一時間議論。笑

雨と台風の二日間だったけど、雨に濡れた金沢の街もまた乙なり。





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