なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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2011年
2011-12-30 Fri 00:31
「ホントの自分って、自分の中にはいないのかも」
「それよりもあの遠い星にいるような気がするよね」
「するする~」

(村田製作所のCMより)


あまり実感がないまま、2011年が終わろうとしていて、明日から北京に帰ります。あまり寒い場所に行きたくないのですが、それでもそこが帰るべき場所なのでやむなし…。今年は、大阪に転勤になって仕事内容も変わり、一つの区切りになったのですが、来年もがんばっていけたらなと思います。今年お世話になった皆さまも、どうかよいお年を~。m(_ _)m





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マローブルー
2011-12-26 Mon 23:00
マローブルーというハーブがある。学名はMalva sylvestris、和名は薄紅葵(ウスベニアオイ)と呼ばれる。何気なくそのハーブ茶を買って淹れてみたところびっくり。本当に青い、想像だにしなかった色をしていたのだ。なんかアメリカのジュースでこういうのがあったな…。着色料をめっちゃ使ってそうなやつ。


IMG_7751.jpg
①お湯を注いだ直後。化学実験の薬品のような青い色。

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②1分ほど経過。だんだん色がくすんできた。

IMG_7755.jpg
③2分ほど経過。やっとお茶らしい色になってきたー。


この後、放っておいたら、ちゃんと明るい茶色の“飲める色”になった。たぶん、空気触れて酸化?して色が変わったのではと推測。こんな色の変化の楽しめるお茶ははじめてである。





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封筒ギンナン
2011-12-19 Mon 00:21
ポン!パン!ポスン!チーン。
「ホレ」
「おお」
「封筒ギンナンは俺の秋の風物詩や」
「これで酒があれば完璧だな」

欄外の説明: 封筒ギンナンとは、果肉を取ったギンナンとお塩を封筒に入れて入り口を幾度か折り、レンジでチンしたもの。(『もやしもん』5巻より)

知らなかった、そんな調理法があったなんて!ギンナンなんて、皮は臭いし処理が面倒だしで買う気になれなかったが、これならお手軽にできる。そして、今日山登りの途中でギンナンが100グラム100円で売られており、さっそく試すべく買ってみた。今日はもう遅いからやらないけど…。

(注)ギンナンは滋養強壮・老化防止に効果がある漢方薬として重宝されるものだけに薬効も強く、食べ過ぎると中毒症状を起こすので気をつけないといけない。目安は大人40粒、子供7粒まで。ただ体質が合わない人はそれより少なくても症状を起こすことがある。





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ショーシャンク
2011-12-18 Sun 00:34
10909_001.jpg
このカットのポスターをずっと部屋に貼ってました

ぴあが30~40代の男女1万1000人に聞いて好きな映画を調査したところ、第1位は「タイタニック」、2位は「ハリー・ポッター」シリーズ、3位は「ショーシャンクの空に」だったという。タイタニックとハリポタはいかにも金をかけた巨編であるため、「ショーシャンクの空に」の健闘ぶりはすばらしい。(でもアメリカでこの映画のタイトルをあげても、知っている人はほとんどいなかった。)

「ショーシャンクの空に」(原題:The Shawshank Redemption)は、あの「スタンド・バイ・ミー」も収録されている中編集『恐怖の四季』の最初の一編で、小説の原題は「刑務所のリタ・ヘイワース」である。製作当初、原題に合わせて「Rita Hayworth and Shawshank Redemption」というタイトルにしたところ、1940年代に活躍した女優リタ・ヘイワースの伝記映画と勘違いする人が多く、募集してもいないのに「オーディションに来ました。ぜひリタ役をやらせてほしい」と来る女優までいる始末で、「The Shawshank Redemption」に縮めたという。

私もこの作品は大好きで、原作者であるキングのファンでもあるため、原書も日本語訳も読み、映画のDVDを持っている。よく覚えているセリフは、レッドが刑務所の壁を指して「最初は誰もがこいつに反発するが、やがては慣れて、頼っていくようになるんだよ。しまいにはこいつなしじゃいられなくなるんだ。」その言葉を証明するように、長い服役の後に釈放されたブルックスは社会になじめずに自殺をしてしまう。刑務所の壁じゃなくても、誰にもこういうものはあるはずだ。大人になるというのは、不自由や制約に頼るようになっていくことだという気がする。

ちなみに、「キング作品は、感動ものは映画化されると成功するが、本業であるホラーものは映画化されるとなぜかB級になる」というのが私の持論なのだが、この作品はそれをさらに確信させるものである。やっぱりキングの作り出す緻密なホラーは小説で読んで、想像力を働かせて怖がるのが一番なのだろう。





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池田屋異聞
2011-12-14 Wed 22:28
「年末といえば!忠臣蔵ですね~」とテレビが言っていたので思い出した。忠臣蔵とはもちろん、元禄15年(西暦1703年)の赤穂四十七浪士の吉良邸討ち入りをいう。でも実は、大変だったのは討ち入った浪士たちよりも討ち入らなかった浪士たちだ。当時、赤穂藩は300家以上の武士を抱えていた。つまり、差し引きすると250家以上は討ち入らなかったのだ。

司馬遼太郎の『新選組血風録』に収録されている「池田屋異聞」という短編ではこのテーマを扱っている。新撰組監察として活躍した山崎烝(すすむ)は、小さい頃より自分が周囲から冷たい扱いを受けていることに気付いていたが、父が亡くなる時に家系の秘密を知らされる。「我が家は本当は武士なのだ。赤穂藩家臣、奥野将監の子孫だ」と。奥野将監は、大石内蔵助に次ぐ石高をもらっていながら、大石が討ち入りを決めた後に脱盟した。四十七士が討ち入って果てた後、討ち入らなかった旧赤穂藩の武士は「不忠義」「犬畜生にも劣る」と差別を受け、近所からみそやしょうゆさえ売ってもらえなかったという。

そんな折、山崎は人並みならぬ努力によって剣術の皆伝を得るが、ある日道場に大高忠兵衛という具足屋が現れる。討ち入りに参加した赤穂浪士・大高忠雄の子孫と称する彼は人々の尊敬を集め、藩主にさえ滞在を乞われる人物だった。山崎は最初から傲慢な態度の大高が気に入らない。しかし、ひそかに好きだった道場主の娘さえ自分には冷たくして大高に惚れたのを見て、やり切れなくて道場を飛び出す。

それから数年後、新撰組が討幕派の密会を急襲した池田屋事件の夜、新撰組隊士として池田屋に飛び込んだ山崎は、そこで密会していた攘夷浪士の中に大高忠兵衛の姿を見つける。「やはり忠義も知らぬ犬畜生の子だな!」と大高から罵られた山崎は激昂し、「将監さまご覧じろー!」と無我夢中で叫びながら大高を斬り倒す。


と、いうのがあらすじ。すごく印象深い話で、『新選組血風録』の中でも好きな短編ベスト3に入るのだが、実はコレは司馬遼太郎の創作である。山崎烝は別に赤穂家家臣の子孫だったわけではないらしい。がっくり。






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嵯峨野
2011-12-13 Tue 22:44
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先週の日曜日、京都は金閣寺から嵯峨野を通って、嵐山まで自転車で回った。京都盆地の北側のへりを行ったので坂道も多かったが、自転車のスピード感はなかなか楽しかった。

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どーん!と金閣寺。三島由紀夫の小説『金閣寺』(金閣寺を愛しすぎて放火する修行僧の話。放火事件自体は史実)を読んだ者として、一度は来てみたかった名所。

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金閣寺の境内にある竜門の瀧と鯉魚石。水しぶきが虹を作り出す。

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夏は水を張り、冬には抜くという大沢池。その浅瀬で小魚を獲っていた。

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土佐四天王こと中岡慎太郎・坂本龍馬・武市瑞山・吉村寅太郎の像。碑文に曰く、「ここ嵯峨野でも彼ら情熱ある志士たちは、藩を越え新しい日本を夢見て東奔西走していた。」京都はあちこちに幕末がある。

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去年に来た時もあった良縁だるま。本物の髪の毛が使われていて、向かって右側が女性の髪の毛、左側が男性の髪の毛だそう。男性のは逆毛が立ちやすいので、触るとすぐに分かるらしい。





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大阪城
2011-12-12 Mon 23:01
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先週の土曜日、初めて大阪城へ行った。大阪城は波乱万丈な歴史を歩んできた城だ。最初は1583年に豊臣秀吉が築いたものの、1615年の大阪冬の陣・夏の陣で落城し、それを更地にした上で徳川幕府が新たに築城。その後も、1665年の落雷で天守閣が焼失し、1868年の明治維新戦争(いわゆる鳥羽伏見の戦いと将軍慶喜の逃亡事件)や太平洋戦争中の空爆で多くの櫓や門も灰燼に帰した。今建っている天守閣は、戦後市民の寄付によって復興されたもので、さすがにきれいで新しい。しかし石垣は徳川大阪城のもので、各藩の刻印が多く残る。さて、その石垣である。

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なんだかちょっとガタガタなような…。


大阪城に限ったことではないのだが、ペルーでインカの石積みを見てしまうと、どこの石垣を見てもそれよりガタガタに見えてしまう。「インカの石積みはカミソリ一枚通さない」というが、本当に隙間なく合わさっているのだ。まるで魔法である。

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インカの石積み①
(右側上部にある“十四角の石”に注目!)

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インカの石積み②
(クスコ市街の壁。複雑かつ緻密な組合せ)

文字も滑車も持たずにこんなことができるのだ。驚異と言うほかない。





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赤提灯
2011-12-09 Fri 22:09
ただでさえ大阪に来てから飲む機会が増えているのに、年末はあれやこれやの会がたくさんあって、飲んでばかりである。今時先輩が気前良くおごってくれることなんてないに等しいし、同輩の場合は割り勘、他人の送別会に至っては多く払うので、出費が激しい。先日、中華料理屋で調子に乗って飲みまくって翌日まで引きずり(ちゃんと出勤はした)、しかし翌々日には一人でワイン一本をあけたのに意外と平気で、不思議に思ってアルコール量に算出してみることにした。


<中華料理屋の日>
○ビール 3杯
○二鍋頭(中国の焼酎 56%) 1杯
○爆弾(白酒のビール割り) 2杯
※最近はやっている飲み方で、ショットグラスに白酒を入れ、ふちに塩をつけ、グラスごとビールのジョッキに投入する。塩がビールの泡を爆発したように沸かせることからついた名前。

①ビール:ジョッキ当たりのアルコール量(アルコールの比重が0.8ml/g)
375ml×5%×0.8=15g
15g×3杯=45g

②二鍋頭:ショットグラスだから75mlとしよう
75ml×56%×0.8=33.6g

③爆弾カクテル:白酒はたぶん50%ぐらいのやつ
375ml×5%×0.8=15g(ビール)
75ml×50%×0.8=30g(白酒)
(30+15)g×2杯=90g

合計 45+33.6+90=168.6g

<ワイン一本の日>
○9.5%のフルーツワイン
720ml×9.5%×0.8=54.72g


一度に60g以上の純アルコールの摂取が「多量飲酒」と呼ばれる基準値だという。薄めのフルーツワインだったせいもあるが、ワイン一本をあけても意外にアルコール量は多くないことがわかる。逆に、中華料理屋の日は明らかに量が過ぎていた。なお、成人のアルコール分解量が平均6.5g/時間と言われているので、168.6gの純アルコールを分解するには24時間以上かかる。二日酔いになるわけである。納得納得。


「神は六日間で世界を造られた。そして七日目に二日酔いを作られた。」
ロバート・キャパ(報道写真家)






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秋の鹿公園
2011-12-02 Fri 00:45
紅葉狩りに秋の奈良公園を訪れる。会社の人たちとその家族連れで、合計20名に及んだ。秋空の下、芝生に敷いたブルーシートの上に円陣になって座って、何時間もゲームをし続ける社会人の集団(笑)。みんな微妙なお年頃なので、色々思うことがありました。それもまた秋の一景色。


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見事なり、紅葉のグラデーション

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耳をつかんじゃイヤン、と鹿の心の声

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文字通りの蹴りたい背中(←芥川賞)

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香炉の並ぶ春日大社の本堂の裏側

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夕日に照らされて立つ一群の人たち

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秋の日はつるべ落としの如く沈んでった


四季の歌にいわく;
「秋を愛する人は 心深き人
愛を語るハイネのような 僕の恋人」





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儀式と意味
2011-12-01 Thu 00:39
今や、外国人(ここでいう外国人とは見た目が非アジア人であることを指していて、外国籍とはイコールではない)の牧師や歌手を雇っているホテルが多い。今まで出席した結婚式で、チャペル式の場合は必ずいた。白人の牧師が流暢な日本語で「汝、健やかなる時も病める時も……」と唱え、黒人のゴスペル歌手が高らかに愛の歌を歌い上げる。

しかし、教会を模した建物の中で、イギリス老紳士風の牧師を立たせて、聖書にある宣誓の言葉を唱えたところで、新郎新婦や参列者は心からこの結婚に際して神の許しを乞うためにこの場にいるわけではない。これらは単なるモチーフであり、イメージである。「こんなのあったらカッコいいね」という程度のことだ。それはきっと牧師さんや歌手もわかっていて、彼らもバイト感覚でそれに利用されるのを良しとしている風である。おそらくこれは日本人の外国の捉え方というものを端的に表していて、(観念的に)外国人は同じ世界には暮らしていない存在だと思っているから、セレモニーなどの特別な場でその異質さを拝借したいだけなのだ。

実は儀式というもの自体が、物事の本来の意義を宙に浮かせる作用を持つ。本質には形式など必要ないからだ。しかし人間は創作性に溢れた生き物なので、あえて儀式自体に別の意味を持たせるやり方を見つけた。これは言葉と共通する。個人の中にある思想や感情は、本来外の世界には出られない。それを介するために作られたのが言葉という道具だが、言葉で言い表された途端に、それは外の世界に出る前の本質とは乖離し始める。しかし他人に何かを伝えるためにはそうするしかないし、やがて本質とは別のところで、言葉だけが独自の意味を持ち始めるのだ。

話を元に戻すが、結婚式を挙げたカップルの方が離婚率が低いらしい。「みんなに祝ってもらったし」という記憶が離婚を思い止まらせるのだとか。これも、儀式として本質とは乖離するにしても、結果的には誓約が制約として機能するのだ。世間体とか常識といったものも、実は人を縛り付けて生活を続行させるという役割があり、それは種の繁栄のためなのだろう。つまり、人間は自分たちで築き上げた社会にあえてその縛りを持たせたわけで、「生き物の行動はすべて最大限の子孫を残すべく仕組まれている」という生物学の大前提に抗えない結論に不本意だが辿り着く。





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