なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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写真の中
2012-04-18 Wed 22:36
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もうすぐ結婚する友人に頼まれて昔の写真を探していたら、私の場合、写真はたくさん撮るもののそんなに見返さないので、それはもう懐かしくなってしまった。上のは、渡米一年目のとある晩、2人の友人が私の部屋へ勉強しに来て、しばらくすると一人が寝ちゃって、もう一人がそれを写真に撮っているのを、さらに私が撮ったものである。まったく勉強がはかどっている様子はない(笑)。

『八月の博物館』という長編小説で、写真が一枚あればそれを立体空間に再現して、分子レベルまで忠実に再現すれば、時空が同化(リンク)してその写真が撮られた時のその空間に行ける、という設定があった。その技術であらゆる時代のあらゆる空間へリンクする無数の扉を持つ不思議な博物館に主人公が迷い込み、写真に残されたリンクからたどって“写真に残されなかったもの”の実物を見るべく、19世紀のエジプトへ行って冒険を繰り広げるのだ。

…そういうのもあったな、というだけの話。





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無題
2012-04-17 Tue 23:35

なんてこった。選ばれなかったのだ。
だってあの時こう言ったじゃん!とか、
約束したじゃん!なんて問題にすらならない。
選ばれなかったという結果のみが全てで。

相手にこれ以上文句を言っても無駄。
結果はいつでも過程よりも強い力を持つ。
舌打ちして、ヤケ酒でも飲むしかない。
星も見えやしない夜空の下で。





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攀岩
2012-04-09 Mon 22:24
兵庫県姫路の“山神社”にある岩場で、初めての本格的な岩登りに挑戦した。周りでやっている人がいないとなかなか体験する機会がないもの。足のみを使って山登りするトレッキングならたくさんしてきたけど、岩登りはまったく別のスポーツで、言うなれば「自分をどこまで信じられるか」がポイントだ。


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クライミングシューズとヘルメット(ひさしがなく安全帽とは違う)。

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「ふんがぁー!」と叫んでしまうような苦しさ、そして達成感。(Mr.D撮影)

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下りる時は、支えのロープに体重を預けて壁を“歩いて”下りる。(Mr.D撮影)

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遊んだ後はお片付け。二本のロープで下りて引っ張れば回収できる。

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高いところは好きです。I'm flying!なんてタイタニックネタしちゃう。

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麓の鹿嶋神社と桜。あんなに寒くても、ちゃんと春は来るんですね。





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スコットランドの独立
2012-04-06 Fri 20:56
世界で「独立してやるー!」と盛り上がっている地域はいくつもあるが、スコットランドもイギリス、つまりグレートブリテン及び北部アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)からの独立を目論んでいるらしい。

300年ほど前に君主を共有したことからイングランドと一体となったスコットランドは、独自の王国だった時代の方がずっと長い。また、先住民であるケルト系の文化を受け継ぐ彼らは、ゲルマン系アングロ・サクソン人が中心のイングランドへの対抗意識が強く、300年前に失われた独立を取り戻すという気運が絶えずあった。

ポイントとなるのは、独立後の経済が立ち行くかどうかである。すでに医療・教育・司法などにおいて独自の権限を持つスコットランド自治政府(1999年発足)が定着している。あとは生計が立てば、連合王国の鎖を外せるのだ。1980年代、北海油田開発に伴って独立論が盛んになったが、油田枯渇が取り沙汰されると下火になった。近年、自然エネルギーが脚光を浴び、風力・潮力発電が盛んなスコットランドでは潜在的な発電能力は欧州全体の4分の1にも達するといわれる。経済的な自立の可能性が高まったことで、スコットランドの人々は独立への自信を深めた。イギリスから独立した場合、その足でEUに加盟して外交や軍事面ではEUに頼ることになるだろうと言われている。小国なのでそれは仕方がないが、それでは所属先がイギリスからEUに変わっただけではとも思うが…。

2007年のスコットランド議会選挙ではイギリスからの独立を主張するスコットランド国民党(SNP)が労働党を抑えて第一党になり、スコットランド自治政府の首相にもSNP党首が就任した。いよいよ2014年に独立を問う住民投票を実施すると気炎を上げている。世論調査では独立支持が半数を超えたり超えなかったりだが、そのうちブリテン島に国境線が引かれる日が来るかもしれない。





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数えてごらん
2012-04-05 Thu 23:50
2005年の話になるが、石原慎太郎氏が都庁内で開かれた行事の祝辞で「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格だ」と発言して波紋を呼んだ。(この人はこういう発言で波紋を呼ぶことがお家芸的に得意である。)

私もそれを聞くまでは、フランス語における数の数え方の特殊さを知らなかったのだが、我々が使っている十進法に加えて二十進法を入り込んで来ることを都知事は指しているらしい。

フランス語で二十進法が混じるのは70以上の数で、例えば「99」という数字を表現するのに、私たちは「九十九」、英語は「ninety -nine」と十進法ですっきり表すのに対して、フランス語の場合は「quatre-vingt-dix-neuf 」( 20が4 つに10 足して更に9を足す)と表現されるのだそうだ。確かにややこしい。

二十進法は、手と足の指を全部合わせた数を基準とした数体系を有するケルト語がルーツらしい。また、アメリカが頑なに使い続けるヤード・ポンド法では、十二進法と十六進法が使われている。長さでは1フィート=12インチ(2.54cm)で、重さでは1ポンド=16オンス(28.35g)だ。

つい40年前までややこしい貨幣体系を持つ国があった。イギリスである。1971年2月に十進法へ直されるまで、イギリスの貨幣は十二進法と二十進法が入り混じったものだった。1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンス、つまりは1ポンド=240ペンスだったのだ。割り勘の計算が大変そうである。

サマセット・モームの小説に「The Moon and Sixpence」(「月と6ペンス」)という作品がある。なんで6ペンスっていう半端の金額なのかずっと不思議だったのだが、1シリング=12ペンスであれば6ペンスは半シリングであることが分かり、ちょっとだけすっきりした。





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Facebook今何処
2012-04-04 Wed 23:26
Facebookの普及っぷりには驚く。思い出せば、アメリカの大学にいた頃すでにその名前を聞いたことがあった。しかし、学生向けのみのサービス(初期は大学が与える「.edu」ドメインのメールアドレスを持つことが条件だった)だし、友人との連絡は電話で事足りてるし、そもそもインターネットのSNSになじみのなかった私は興味を持たなかった。

Facebookの歴史をたどると、私が大学を終える2007年までには一般公開されて世界中の人が利用できるようになり、Microsoftと独占的契約を結んで出資し、2009年には先行していたMySpaceを追い抜き、世界最大規模のSNSサイトとなった。周りでも徐々にFacebookが普及してきて、「え、やってないの?」と言われることも増え、いつもFacebookへハイクの写真を載せる山登りの仲間たちに背中を押されるようにして私も加入した。

しかし!こっから先が私のアホなところなのである。入るだけは入ったが、まったく微塵も活用できていなかったのだ。私がいつも行く名古屋の登山クラブはFacebookでグループサイトを持っていて、そこでイベントの告知が出されるのだが、それをずっっっと知らなくて、サイトに入ってすらいなかった。みんなが見ている情報が入って来ない状態で、微妙にメンバーと話がかみ合わないと思いつつ1年以上が経過。私自身を含めて、誰一人私がクラブのサイトを見れていないことを知らなかったのだ。

おまけに、携帯がスマホではないので、一日に一回家でパソコンを立ち上げた時に見るというスローライフっぷり。Facebookとは秒単位で色々な情報を発信し、リアルタイムで他者からフィードバックをもらえることが肝心なのに、これではWindows95の時代と変わらない。どんなに先進的な道具でも、古典的な使い方に終始することができるという本末転倒なことだけは分かった。





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花に嵐
2012-04-03 Tue 19:38
今日は見事な春の嵐だった。風速30メートルの強風に押し戻されて、自転車をこいで前に進むことさえ難しく、同じく風の力と拮抗して前傾姿勢で止まっている隣のおばちゃんと顔を見合わせて苦笑い。咲き始めた桜を見やる余裕もない。「花に嵐」と言えば、于武陵の『勧酒』という漢詩を思い出さずにはいられない。題名を見てもピンと来ない人は、井伏鱒二師の名訳なら聞いたことがあるのではないかと思う。


『勧酒』 作・于武陵

 勧 君 金 屈 巵
 満 酌 不 須 辞
 花 発 多 風 雨
 人 生 足 別 離

このさかずきを受けてくれ
どうぞなみなみ注がせておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ



この後半の二行が大変有名である。于武陵は9世紀の晩唐に生きた詩人で、科挙に合格して進士になるというエリートコースにありながら役人の道を捨て、書物と琴を携えて天下を放浪した。この詩は友人との別れを惜しむもので、すがすがしい寂しさと共に酒杯を酌み交わす情景が目に浮かぶ。「花が咲いていたって嵐にあって散らされる。人生なんてさよならばかりだ。でもそう悪いもんじゃないさ。向こうに行っても頑張れよ!」…そこまで書いてしまうと、意訳を通り越して妄想になってしまうのだが。





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