なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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いわゆる下心
2009-02-22 Sun 00:43
「恋愛術~話を聞く時、女の子を不機嫌にさせる3つの言葉~」というのがあった。

1、「○○すれば良かったじゃん」 
→女の子は話を聞いてほしいのであって、解決策の提示なんか求めていない。
2、「それってよくある話だよね」 
→女の子にとっては特別なエピソードであり、話を一般化されたくない。
3、「俺なんかね」 
→残念ながら、女の子が話している時はあなた自身のエピソードは求められていない。

…だ、そうである。


これには、①批評じゃなくて自分の話を聞いて受け入れてほしい、②自分の話と自分の事を特別だと思ってほしい、③ずっと自分の話を聞いてくれるという関心を持ってほしいという、女だからというよりも人間としての基本的な欲求があると思う。本文でも言っていたが、「人は話したいことを話し、聞きたいことのみを聞く生き物」なのである。

さて、ではどうして男はそういう基本的な欲求を我慢して、ひたすら女の話を聞くべきだとアドバイスされているのか?どうしてそんな不自然な事が「恋愛術」だと銘打たれているのか?それはつまり、その先に我慢と引き換えに手に入れたいものがあるからであって、いわゆる下心である。

生物学の授業で事あるごとに「生き物のあらゆる行動は、より多くの相手とより多くの子孫を残すというただ一つの目的のために取られている」と定義され、「そんな単純なものだろうか」と疑問に思ったものだが、(何やら悲しい気もするが)やっぱりそういうものなのだろうか。



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