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美学の違い
2009-03-14 Sat 05:31

panasonic-lumix-dmc-fz10_673731.jpg
マイカメラ  Panasonic LUMIX FZ-10


会社の同期の友達で、ペンタブを使ってフォトショップで絵を描いたり写真のCG加工をしたりするのが趣味の人がいる。休日になると、何時間もぶっ通しでパソコンに向かって描き続けるらしい。彼女の所へ遊びに行くと新作を見せてくれることがあるが、非常に上手い。

そんな彼女の持論……「世の中にあるきれいな写真はすべて加工されたもの。加工されなければ写真はきれいにはならない。」

これに対して、私は大いに反対を唱えた。私は写真を撮る側であり、フォトグラファーとして、そしてフォトジャーナリズムのルールとして、写真にリサイズと明暗調整以外の加工は一切してはならない。いい写真、きれいな写真、そしてフォトジャーナリズムで大事な、伝えたい主題に対して的確かつ劇的な写真。何百枚も撮って、ようやく満足するレベルのそんな写真を1枚得る。

フォトグラファーが相手にするのはファインダーの向こうの光景であり、努力すべきは写真を撮るまでの過程だ。それに対して、彼女にとっては撮り終えた写真が相手であり、写真を撮るまでの部分にはあまり興味がない。写真は単なる素材で、それに手を加えてどうきれいな絵を作るかが大事なのだと言う。

「いい写真は努力して撮るものだ。写真に写したものは100%の真実じゃなければならないからだ。」「いや、いい写真は作るものだ。ただ撮っただけの写真は加工された写真には絶対勝てない。」何が大事で何が美しいか、私たち二人の議論は平行線をたどった。



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