なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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理由の存在
2009-07-09 Thu 08:14

Where did I go wrong, I lost a friend
Somewhere along in the bitterness
And I would have stayed up with you all night
Had I known how to save a life

The Fray "How To Save A Life"

「一体どこで間違えたのだろう?僕は友達を失った。
その苦々しさをかみしめる。
こうなるんだったら、君のために夜通し起きているんだった。
君を救う方法を僕は知っていたはずなのに。」
(意訳)



何かの現象には原因が、人間の行動には理由が、必ずあるものだろうか。一応科学という“合理的思考”を学んだ者として、現象には原因があると認めたとしても、人間の場合は理由があるのかどうか、分からなくなる時がある。

いや、その言い方は正しくない。何らかの理由は必ず存在する。ただ、周囲がそれを理由として認めるとは限らない。例えば自殺を図ろうとしている人間に対して、「そんな理由でバカなことをするな!」と(フィクションで見る限りは)言ったりするが、そんな言葉は意味がない。なぜなら、本人にとってそれは立派な理由になっているからこそ、そんな行動を取ろうとしているのだ。周りにとっては下らないことでも、本人にとっては一大事だ。

言い換えると、理由の中身はそんなに大事ではない。理由を話したところで、他人からは「そんな理由でこんな事をやろうとしているのは理解ができない」と言われるだけかもしれない。大事なのは、それが本人にとって何かの選択をし、何かの行動を起こすに足る理由であるという事実だ。そのジャッジさえあれば、本人にとってさえ理由の中身は別に構わなくなる。

人間とは、いつもあれやこれやと考え込んでいるようでいて、実はあまり考えていない。







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<<1984 | 紅炉一点雪 | 敦子の憂い>>
コメント
多分後半二行は一つのセンテンスで、

君と一緒に一晩中でも起きてたさ、
もし君の命を救えるのだったら。

って意味かな?自分的には。

理由が理由にならない事もあるよね。何かしらの形で方向づけが出来さえするなら、なんだって良いと。そうしてでてくる幾つかの選択肢から、自己一貫性にかない、社会的に受け入れられるものを選んでいくもんだけど、たまにそれ以外を取り消すのが一苦労。lol 妄想ワールドに入っていっちゃうぜ!
2009-07-11 Sat 10:20 URL | tsuyo #-[ 内容変更]
tsuyoさんへ

あ、うん、そっちの訳の方がしっくり来るね。
なんか夏目漱石の「こころ」を連想させるような情景だと思った。
最近はThe Frayをよく聴いてるんだ。

そう、その「社会的に受け入れられるもの」っていうところがミソ、かつ厄介なところだよね。どうして自分はそれを選ぶのか、どうしてそれ以外を(苦労して)消去しなければならないのか。理由のための理由を考えていたら、ドツボにはまって抜け出せなくなる。

ところで妄想といえば、京極堂いわく「現実と仮想現実の区別は自分では絶対につけられない」のだそうだ。それは、人が100%主観しか生きられないから。他人のその区別ならつけられるんだろうけど、普通は他人の目よりも自分の目を信じるから、あまり意味はない。というわけで、私たちは妄想と現実の区別をつける必要はないってさ。(違う)


2009-07-12 Sun 00:44 URL | ゆにん #F0Z38fwo[ 内容変更]
人間はよく似ている様で
考えていることは人それぞれだし
価値観も違うから難しいよね。
分かり合えるようで分かり合えない
でも、影響は受け合っている。
僕の考えは人生は限りあるものだから
限られたときを大切にして
生きていくしかないのかなと思う。
2009-07-13 Mon 21:22 URL | よーちゃん #-[ 内容変更]
よーちゃんさんへ

>分かり合えるようで分かり合えない
>でも、影響は受け合っている。
好む好まざるに関わらず…ですよね。

限りある人生、というのはよく分かるんだけど、面白いのは「限りある」と言った場合に、それはその”限り”の外にも存在し得る観察者の存在を前提にしている、ということ。つまり、限りある人生の”限り”を意識するためには、”限り”の外からその境界線を認識できないといけない。だから、我々が本当に「限りある人生」の間しか存在しないのなら、逆にそれが限りあるものだと知ることは決してないのではないか。まぁ、詭弁ですけどね。



2009-07-14 Tue 00:10 URL | ゆにん #F0Z38fwo[ 内容変更]
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