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雨耕雨読
2010-05-23 Sun 05:42
(この前まであんまり書いてなかったが、最近はよく書いている。しばらく間にあけた後にそういうことがある。)

今日は山登りのメンバーつながりで、愛知県稲武町にある菜園レストラン「山里Cyafe(ちゃふぇ)」さんのところで田植え&BBQをした。田植えは初体験だったが、素足で田んぼにずぶずぶと踏み入るとその泥のきめ細かさに驚かされる。あれはかなり気持ちいい。そこへ脛まで浸かって入り、手で水の下の泥を平らにならして、田んぼを横断して張られた糸を目印に苗を植え、全員が植え終わったら声をかけて次のラインへと糸を移す。息の合った共同作業が求められ、よく「田植えと稲刈りは村総出」と言われるのを実感できた。雨の中での田植えだったが、ふと顔を上げると続く田んぼの先に雨煙にけぶる山並みが見えて、その静かな風景に見とれたりした。

さて、名古屋に出る時は片道1時間半近くの電車(JR関西本線)に乗る。名古屋から離れるとどんどん人が減っていき、終点の亀山駅に着く頃には数人しかいない。長い電車の中でする事といえば読書と居眠りで、今は京極夏彦氏の『邪魅の雫』を半分ぐらい読んだところだ。今回は“よく人間でいることに行き詰まる”関口巽が持論を語るという数少ない場面があり、それがなかなか示唆に富んだ内容だった。

「動物はいたずらに子供を殺したりはしないが、必要以上に愛着を持ったりもしないだろう。育てたら終いだ。執着はない。でも人は違うだろ。愛憎は共に執着の皮相に過ぎないのじゃないかな」(中略)「少しでも関わりを持てば、些細ではあっても執着が生まれるからね。深い浅いは関係ない。好きでも嫌いでも同じことで、それは常に最悪の予感を伴うのさ。そうすると人と関わることが堪らなく辛いものになる。死にたいと殺したいはきっと同義だし、それは愛情と同質のものだ。そんな風に思ってしまう――」(講談社ノベルズ版 409ページ)

こっちまで関口巽の十八番である鬱病になりそうな、でも確かにそれが真実かもしれないと思えるような理論だ。そんな晴耕雨読ならぬ、雨耕雨読の一日。



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コメント
今日の昼まで旅行してましたvv
中国地方でも田植えをしている人を結構見ました。
雨が降るなか頑張ってるなーと思いました。

ゆにんさんの田植え体験の様子を読んで
小さい頃にした田植えの記憶が呼び戻されました。
ヒルはいませんでしたか??笑
2010-05-24 Mon 21:37 URL | kyokocat #-[ 内容変更]
kyokocatさんへ

おー、そっちでも田植えしてましたか。
我々が植えた田んぼは10/3の収穫だって。
雨だとぜんぶ濡れるからあまり気にならなくなるよ…。
てか、私は尻もちをついてマジで泥だらけになった。

ヒルは梅雨明けの鈴鹿山系(私がよく行く山々)に多いそうで、
土曜日に行った山では咬まれなかったけど初目撃したよ。
鈴鹿山系は石灰岩質の土壌なんだけど、何か関係あるのか研究中。
そっちにもヒルがいるんだね!日本では多いのだろうか。

2010-05-25 Tue 20:29 URL | ゆにん #F0Z38fwo[ 内容変更]
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