なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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ぜいたく
2012-02-07 Tue 00:43
先週、インフルエンザで倒れた同僚に代わって急遽海外出張に行った。仕事内容は、とある地方政府との投資案件の交渉なのだが、私ら(私とその同僚を含む若手の意)の仕事は、商談時の通訳や幹部のアテンドなどだったので、ぎりぎり代わりがきいた。いきなりのことで準備に大忙しだったのと、日曜日に楽しみにしてた三峰山への樹氷ハイクに行けなくなったのが残念だったが、何とか無事に終わってほっとしている。

別に海外出張に限ったことじゃないが、商談には食事会がつきもので、どちら側の接待にしろ豪勢なお店に行くことが多い。今回の出張でも連日相手側の接待による食事会があり、実際のところ私は通訳するのに忙しくてゆっくり食べられなかったが、普段自分では入ることのない高級なお店だった。

しかし、私は気付いてしまうのである。人間、毎日だと豪華な食事を見てもやがて感動しなくなってしまうということを。おいしいものを食べるというのは最上級の幸せなのに、人間ぜいたくに慣れてしまうとその幸せを感じられなくなってしまうのだ。そのこと自体が不幸だと言えないだろうか。

接待され慣れている知り合いが「飛行機の機内食なんかまずくて食べられない」と言い、私は「えー、普通程度にはおいしいよ?」と言っていたのだが、実際の味がおいしいかどうかではないく、それをおいしく感じられるかどうかなのだと分かった。人間は相対評価でしか物事を感じられない。岩場でのテント泊の後では自宅のベッドが最高に気持ちいいし、先週の寒さに比べれば今日は暖かく感じる。つまり、人間はぜいたくをすると、何が幸せなのか分からなくなってしまうのだ。幸せの奥深さがそこにはある。





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コメント
確かに社会人になって、接待とかで格段においしいものとか贅沢な生活を送るようになってしまうと、そのありがたみが分からなくなる時があるね。

最近ではそれがむなしく思える時もあるよ。

だけど仕事上での贅沢だと友達とか家族とかと過ごす時間の大切さにも気づくいいきっかけになってるかもね。

どんないいレストランとかで食事してても、やっぱり仕事は仕事。大切な人たちと楽しい時間を過ごすのが一番の贅沢だとおもうな。
2012-02-08 Wed 00:27 URL | Yuta #-[ 内容変更]
Yutaさんへ

あ、ここにもおいしいものを食べ慣れている人が…。笑
なんか、ウォール街で大金を動かしてた人ほど、ある日突然
むなしくなって農村で暮らし始めるとかあるらしいよ。
それが「気づいた」後の反動ってやつかもね。

そういやNICに大阪校ができて、大々的に宣伝してるよ。
最初見た時はびっくりしたけど、発展してて何よりだ~。



2012-02-09 Thu 08:38 URL | ゆにん #F0Z38fwo[ 内容変更]
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