なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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悟ってなーい
2007-05-26 Sat 03:48
とにかく難しい言葉でとにかく分厚い本を書く京極夏彦氏。
その中でもダントツの分厚さを誇る京極堂シリーズ第四弾、『鉄鼠の檻』。
堂々1359ページの文庫版を、意地のように頑張って読破した。
コミックス一冊読むのに一時間かかる私の快挙をまずは称えてくれ。
うー、目がしょぼしょぼする。

さて、この禅寺を舞台にした殺人事件のミステリーを読んでの一番の収穫は、禅について、宗教について、悟りについて少しながら知ったことである。こういう膨大なウンチクが好きな人じゃなければ京極夏彦の本には手を出せんな。

主題が宗教なだけに、書評を探すとその筋の人からは「何も分かってない俗人のくせに分かったような事を書きやがって」という批判があったが、ならアンタは分かっているのかと言いたい。信仰に真偽などない。分かっているかどうかは本人が一番よく分かっている。宗教の教義を形式化させ、特権化させて大衆から切り離したら、その宗教の真意は滅ぶ。どうせ私は俗人なんだから、禅籍じゃなくて、自分と共通言語のある俗人の書いたものが読みたいんだよ。

禅とは何か。
禅は言葉を拒み、言葉で伝えられないゆえに説明できない。よって禅は仏教の中でも難しい。

宗教とは何か。
絶対的個人認識である神秘体験を、何らかの説明体系を使って共有できるものにすること。だから、宗教にはそのための道具である言葉が必要となる。

悟りとは何か。
禅でいう悟りとは、修行によってもたらされる神秘体験を受け流し、それを凌駕した日常のこと。

座禅をしていて宇宙の声を聞いた、というのは神秘体験。それは脳内麻薬による生理現象にすぎない。それを悟りだと勘違いするのが魔境。それを受け流せるようになるために更に修行をする。それでも悟りはゴールではなく、悟った後の修行が大事なのだそうだ。これは、悟りどころか単なる神秘体験を喧伝して人を集めたオウム真理教の対極にあたる。

以上はすべて京極夏彦氏の本から得た知識だ。俗人だろうが何だろうが、単なる訳のわからんモノだった禅や悟りを、少しでも分かりやすく伝えた筆者の努力を称えたい。

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コメント
私の好きな題目ですv-2181359ページかあ。目がしょぼしょぼするのも無理ないね。私も辞書を引き引き読んでみようかな。私も漫画でさえ読むのが遅いのに、1359ページある本を読んだらどうなるんだろうって考えるとちょっと恐ろしい笑 
ヘルマンヘッセのシッダールタという本を知っていますか?仏教とは何か、とかいううんちくよりも、シッダールタの覚醒の過程を知るのにいい本だと思う。仏教に興味が無くても面白いと思うよ。1359ページに比べたら遥かに短いし、言葉も難しくないよ。
2007-05-26 Sat 07:30 URL | Chiaki #-[ 内容変更]
Chiakiへ
あ、難しい言葉だけど、辞書を引くほどじゃないと思うよ。何となく意味がわかれば用は足りるしね。時代設定が戦後すぐで、おまけに喋っているのが古本屋の主人兼陰陽師だからいけないんだよ。今回は禅僧ばかり出て来るから余計に。でもその漢字の多い文体がまた貫禄があっていいんだ。

シッダールタって仏陀の本名だよね。ヘッセがそんな本を書いていたとは知らなかったなあ。『車輪の下』しか読んだことがなかった。彼の文は好きだったから、その本もきっと読んでみるよ。

2007-05-27 Sun 17:42 URL | ゆにん #F0Z38fwo[ 内容変更]
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