なぜ書くのか。それは、人に言葉があり、私に心があるから。
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抽象的なもの
2007-10-07 Sun 09:25
たまたまBlue Octoberの歌を聴いていて、きっと相手の共感を呼ぶためには相手に想像の余地を残してあげないといけないのだと思った。たとえばこんな歌詞がある。

Now floating up and down
I spin, colliding into sound
Like whales beneath me diving down
I'm sinking to the bottom of my
Everything that freaks me out
The lighthouse beam has just run out
I'm cold as cold as cold can be

「浮かび上がったり沈んだりして僕はくるくる回りながら音とぶつかり、
それはまるで鯨の群れが自分の下を潜って行くようでもあり、
僕は自分を狂気へと追いやるすべての事柄の底へと沈んでいった。
その時ちょうど灯台の明かりが尽きて、僕は寒くて寒くてしょうがなかった。」

うーん、訳すのって面白いけど難しいなぁ。ここで肝心なのは、「Everything that freaks me out」の部分だ。(「狂気へと追いやる」と訳したけれど、本当はもっとこう「うまくいかなくてイライラさせる」「やってられない」というようなニュアンスだと思う。)この歌が共感を得るのに成功しているとすれば、ここの部分で具体的な事柄を挙げずに抽象的に述べているからだろう。「Everything that freaks me out」と聞いて、各人はそれぞれ自分が感じている「やってられない」現実を思い浮かべ、「私もこの歌と同じような気分さ」と思うのだ。

音楽でも小説でも、述べようとする事柄の抽象化は受け取り手の共感を呼ぶのに必要な作業だ。うまく抽象化されたメッセージは、読者の中で勝手に具体化されるのである。

ここで、芥川龍之介が自殺の理由に挙げた「将来に対する漠然とした不安」という一文を思い出した。彼のこの言葉は、誰もが同じ不安をどこかに抱えているがゆえに、一度聞いたらなかなか忘れられない。これが「来月の家賃に対する不安」とかでは駄目なのだ。こういうものは具体的に言ってしまうと俗すぎる。抽象化された不安だったからこそ、彼の死とその理由は後世の人に広く知られる事となったのだと思う。

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