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「八月の博物館」
2007-10-15 Mon 15:08
瀬名秀明さんの「八月の博物館」(角川文庫)を読了。
なんとも不思議だったけど、いい本だった。

後ろの紹介文を借りると、「小説の意味を問い続ける作家、小学校最後の夏休みを駆け抜ける少年、エジプトに魅せられた十九世紀の考古学者。三つの物語が出口を求め、かつて誰も経験したことのない感動のエンディングへと至る!エンタテインメントの常識を覆した話題作」。

この本の不思議な点は、その「小説の意味を問い続ける作家」である「私」が色々な次元と繋がってしまうことだ。この「私」が小説の中で少年たちの冒険を書いている。それと同時に、「私」は自分も誰かによって書かれている物語の登場人物であることを知っている。「私」は自分が書き綴っている物語の中の少年に語りかけようとし、また少年の物語を書き終えたら自分が役割を終えて消えてしまう事も知っているけど別に構わないと思っていて、自分の役割をまっとうしようと全力を尽くす。それが何とも言えずに味わい深かった。

そしてエジプトに魅せられた十九世紀の考古学者というのが、オーギュスト・マリエット=ベイというフランス人だ。逆境の中、エジプトで数々の重要な遺跡を発掘した。彼の建てた博物館で発掘品を見て、かのハインリヒ・シュリーマンは古代への情熱に火をつけられたという。マリエットはまた、オペラ「アイーダ」の原案を書いた。晩年は自分の博物館で死ぬために再びエジプトへ渡り、望み通りにそこで生涯を終えた。彼の遺骸を納めた石棺は、彼の死後に開館したエジプト考古学博物館内に眠っている。文字通り、エジプトと考古学への情熱に殉じた人物であった。

ちなみにキャラクターのイメージというのは自分の中で勝手に構築されてしまうもので、私の中でマリエット氏は最初から宗像教授に決定だった。しかし実際は下の写真の人。おしいっ。

宗像教授


オーギュスト・マリエット


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